木. 6月 20th, 2024

先日Twitterが堕ちた。

ユーザーたちが「APIのなんとか」という宣言とともにタイムラインを見られなくなったのである。自分のツィートは見れる。だがフォローしている人たちのツィートが見れない。「呼吸ツール」と言ったが、「吐くのはできるが吸うのはできない」という状況である。

それで何が起きるかというと、人間ならシンプルに死ぬ。

そのとき、Twitter民は何をするのかと思えば、やはり「とりあえず吐いてみる」というのをやる。

ちなみに私は「誰も見られないだろ。ちんちん」と吐いてみたが、残念ながらそれを吸ってしまった人が何人かいたため、大変申し訳ないことをした。

とはいえ、「これはもうTwitterは終わりなのでは…?」という雰囲気がプンプンしたので、薄れゆく意識の中でわずかながらに見えるTLを見たところ、「俺はこの船とともに潔く沈む」という人々がけっこういた。

私もかれこれ13年とかTwitterをやっているらしい。Twitterが年に1度教えてくれるのでたぶんそうなのだろう。そんな事は教えてくれなくていいから私のTLを普通に流してくれと思うが、とりあえず教えてくれるので黙って聞いておこうと思う。とはいえ13年もやっていると、やはり離れられないツールであり、iPhoneの一番下にいつでも開けるように固定してある。見なくても開けるレベルだが、見ないと開いた意味がないので見ている。

そんなTwitterどっぷりユーザーの私が思うに、「Twitterをやっていない人などいるのか」という感じだが、めちゃくちゃいるらしい。「なんだ!インスタか!しゃらくせぇ!(やっている)」などと思うが、インスタはすごいらしい。なにせ若い人たちはLINEすら使わずにインスタのメッセージでやりとりをするらしいのだ。ちなみに私のiPhoneでTwitterの隣に固定してあるのはLINEだ。LINEは通知に気づいた時に全部確認するタイプなので、何もない日でも1日にだいたい5回くらいは開く。インスタは3日に1回程度確認し、Twitterは1日に50時間ほど見ている。

では、Twitterの何がそんなにいいのかと聞かれると、いろいろな情報が大量に流れていくので、大量の情報をざっくりインプットしやすいというのが利点だと思う。しかし、Twitterの投稿画面に「いま何してる?」と出るように、もともとTwitterは「腹減った」「帰りたい」「働きたくない」「何もせずに金が欲しい」などというのをただ吐き出すものであった。そこに「これから時代はSNSですよ!ガハハハハ!」という輩が寄ってきて、とりあえず自社のニュース記事を垂れ流してみようとか、自社商品のページを放流してみようとかいう事になり、「よろしい、ならば広告だ」という流れで今のTwitterに至っているわけである。中でも「リツィート」による拡散機能は効果が絶大で、「この投稿をRTすると抽選で当たる!」みたいなキャンペーンをよく見るわけだが、それより爆発的に広まるのは「醤油差しペロペロ少年」だったりする。なんなら望んでもないのにTwitterが「見ろ」と勧めてくる。

ともあれ、Twitterが進歩してよかったと感じたのは、ツィートに画像が直接貼れるようになったあたりまでで、その後は何かやるたびに「元に戻せ」の大合唱が起きた。例えばツィートについたリプライは時系列を無視してツリー状にツィートの下に繋がるようになった時も「見づらい」の大合唱だったが、さすがにもう慣れたし、いま思えば可愛いものだった。広告の導入は収益化のため認めざるを得ないし、「フォローしていないものを見せたがる」という方針は実に厄介であるが、「フォローしていないものをフォローさせたい」という背景も透けて見えるので悩ましい。「俺たちは自分がフォローしたものだけ見られればそれでいい」というユーザー心理はあるが、それではTwitter自体が発展しない。完全無料のサービスを本当に全員が完全無料で使ったらすぐにサービスが終了してしまう。

そこに「Twitterはもっと金を産める!」という経営者が入ったら、もう加速の一途である。せめてTwitterをやたら使う日本人が経営に入ればと思うが、Twitterを1日に50時間やっている日本人はたぶんTwitter社に入れないし、楽天とかソフトバンクとかが入ったらもっと恐ろしい事になるのは目に見えている。

Twitterで呼吸し続けるのはそろそろ厳しいかもしれないが、今から初期のTwitterを開発して広めようとしてもきつい気がするし、新しいSNSにどっぷり浸かり直す体力がもうないかもしれない。やはり私はTwitterと共に沈む運命を受け入れて消えていくのだろうか。

せめて私が生きているうちはTwitterは生きていて欲しい。最期は「ダメかも」とツィートしてから逝きたいものである。