躁日記

春は躁の季節かもしれない

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春は躁の季節でしょうか。

出会いと別れがあり、人生の浮き沈みを同時期に経験すれば、
誰だって精神的に浮わついたり沈んだりしてしまうものかもしれないですよね。

今回書く内容は、去年の桜が満開の頃にふら〜っと旅に出た事。

今年は旅には出ていませんが、ソワソワソワソワしていました。

春は躁の季節かもしれません。


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私は普段、日記をつけていません。
なぜかと言うと、振り返って過去の自分を思い出したくなかったからです。

甘えとも言えますが、精神疾患ってそれぐらいきつい過去を残します。

とかなんとか思っていたのもいつまでやら。

今ではそんな事もすっかり忘れ、
(今書いててそういや辛かったなと思い出しました)
ただの日記をつけない言い訳と化している次第です。

日記を書きましょう。喝を入れましょう。

旅のきっかけは、友人に遊びにおいでと誘われたことです。

私は21歳の時にオーストラリアにワーキングホリデーに
行っていたのですが、その時の友人です。

気楽な友人に気楽に誘われたもので、
「では」と気楽に行ってきたわけです。

あまり旅行には行きませんが、御朱印集めが好きだったりします。

はじめは愛知県の友人のいる豊中市でゆっくりしました。

本当は1週間そこでゆっくりするはずだったのですが、
思いついてしまったのです。

「よし、旅をして回ろう」

その時の私はふわふわしていましたが、
おでこに冷たい風がいつも吹き付けていて
まさに’冷・静’と思い込んでいました。

旅の途中も自覚はありました。
その時の私は躁状態でした。

躁の状態でいることは、行き過ぎなければとても心地よいです。
不安や恐れは何もなく、まるでそこら中に転がっている人との出会いを
全て手に取ることができるような感覚になります。

行き過ぎれば躁はイライラがひどく怒りっぽくなり、
感情のコントロールが効かない状態になります。
躁と鬱の波を何度か繰り返せば自覚するようになります。
自分でも不快でたまりません。

躁状態とはとても不安定な状態なのですが、
その旅の1週間はずっと気分が良くこれまでで一番輝いていたというくらい
いろんな物を感じることができました。
(こういう風に少し行き過ぎた感情も躁特有)

私が旅に出たのは3月の最後の週。
愛知→三重→奈良→京都と周りました。

桜が5分咲きだったり7分咲きだったり満開だったり、旅行客が多い頃で、
奈良では満開の桜が見れたんです。

 

しかし旅の途中、写真は数枚しか撮りませんでした。
写真よりも感覚に刷り込ませたい、焼き付けたいという気持ちが強く、
実際自分ではそれで正解だったと思います。

冒頭の写真は奈良の桜です。

が、まさかブログを書くことになるとは。。。。
ガビーン。。。。

 

 

 

美味しかった牡蠣。

私のいつかの七夕のお願いには、

「どうかこれからの人生でも、牡蠣に当たりませんように」

と書かれていました。

それくらい好きです。

それなのに、遅延型アレルギーの検査をした時に少し反応が出ていたんですよね。

なぜだったのでしょう。
謎です。

 

私の生活では、あまりお目にかかれないウニ。

見てるだけで幸せです。

 

サザエとアサリもいい出汁が出ていました。

こんな美味しいの食べることないですもん。

私自慢じゃないけど、グルメには疎くて、、でもこんなに美味しいもの出されると

グルメになっちゃいますよね。

でもまぁ、いいものを新鮮に安く食べれるのがいいんですよね。

 

ああああああああ美味しかったぁ(1年前の分)。

 

帰ってきた時、私の所持金は1000円でした。
現金しか持っていかなくて本当に良かったです。
お金があればまだまだどこかへ行って帰えってこないところでした。
有り金全部どころか借金作るところでした。

あー危なかった危なかった。

 

私は今躁気味な時期を過ごしていますが、

何かをしていても集中力が続かず、

すぐに立ってはウロウロ、座って立ってはウロウロしています。

ウロウロしながらこの文章を書いたりしています。

春は躁の季節かもしれません。


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